保育所には成長過程、性格、生活環境の違う様々な園児が通っています。
元気な子どもたちが通う一方、中には生まれつきのハンデを背負い、大人たちの手助けが必要な子どももいます。
大人なら不自由を感じると言葉で表し助けを求めることができるでしょう。
しかしこのくらいの歳の子どもだと、自分の気持ちを言葉で相手に伝えることはなかなか難しいことです。
周りの大人たちはそのような子どもの背景をしっかりと理解して、何を感じているのか、何を伝えたいのかを知る必要があります。
白内障の女の子
ある年に入所してきたA子ちゃんは白内障をもった子でした。
白内障とは、目の中の水晶体と呼ばれるレンズが濁って目に入ってくる光を加減できなかったり視力が低下する病気です。
一般的には高齢者の発病率の高い病気ですが、A子ちゃんは先天性というかなり珍しい症例。
それ故か、周りに理解されることも少なく、独特の分厚い大きな眼鏡をしているという見た目も相まって、大人から心ない言葉をかけられることもしばしばあったそうです。
A子ちゃんのお母さんがこの保育所に見学に来られた際、他の保育所では入所は難しいと言われ、この保育所もダメなのではないかと不安な顔をされていました。
入所が決まった際にはお母さんも安堵と期待の顔に変わっており、保育士としてもより強い責任感を感じることになりました。
お母さんの話によると、白内障の手術は二度経験しており、眼鏡をかければ視力は0.1ほどだそう。
しかし、その手術によって目の水晶体を取ってしまったため、明るい場所が苦手だったり、素早く動くものを目で捉えられないということでした。
信頼関係
一般的に何らかのハンデを持った園児には加配保育士という、園児の生活や園児同士のコミュニケーションなどのサポートをする保育士がつきます。
初めて園児に会う時、どうしても警戒してお母さんから離れるのを嫌がる子が多いです。
A子ちゃんも一緒で、唯一の理解者であるお母さんの足にしがみついて離れようとはしませんでした。
こういう時は無理に引き離そうとはせず、「この人たちは大丈夫。この場所は安全。」と、子どもの心の緊張を解いてあげることも加配保育士の重要な役目です。
ゆっくりとではありますが次第に心を開いてくれて、緊張した顔も緩み一緒に手を繋いでくれるまでになりました。
この“手を繋ぐ”という行為がA子ちゃんにとっては非常に重要です。
A子ちゃんは視力が低いためどこかに移動する時、必ず大人が手を繋いであげなければなりません。
しかし、信頼関係がなければ無理に手を繋いでも立ち止まり動こうとはしてくれないでしょう。
自分から手を繋いでくれるということは、少なからず信用はしてくれているということ。
周りの大人からも理解のない対応をとられることの多かった子にとって、これはとても良い大きな第一歩になりました。
この子の要求は?
保育所での生活の中には、他の園児たちとコミュニケーションをとる時間があります。
他の園児たちが外で遊んでいる間、A子ちゃんは部屋の隅の薄暗い場所で一人じっとしていました。
きっと外が眩しくて嫌なのでしょう。しかし、じっとしているだけというのは体の発達にはよくありません。
運動のために手を繋いで部屋や廊下をぐるぐると散歩しました。
最初は嫌がっていたA子ちゃんも、だんだん慣れてきて歩くスピードも速くなってきました。
このまま他の園児たちの輪に入れるかと思ったのも束の間、園児たちの声が近くに聴こえてくると、A子ちゃんは手を引いて人のいないところに戻っていこうとしました。
理由が知りたくても、A子ちゃんは上手く説明ができません。
ただいつも同じ状況になると、部屋にあるタオルケットを被って動かなくなってしまいます。
しばらくは、この子はきっと人見知りなのだろうと周りの大人も思い込んでいました。
しかし、その理由は別にあることが分かります。
意外な理由
ある時他の園児が、おもちゃを床に落としてしまったことがありました。
ガシャーン!と大きな音が響き先生が慌ててその子のもとに向かっている時、A子ちゃんを見ていると、体がビクッとするほど驚き、いつものようにタオルケットを被って動かなくなってしまっていました。
これはもしやと思い、お母さんにA子ちゃんの聴力検査をしてもらうことにしました。
すると、A子ちゃんは普通よりもかなり聴力が良いことが分かったのです。
体にハンデがあると、それを補うために別の器官が発達することはよくあるそうです。
A子ちゃんも視力が低い分、聴力で補おうと発達していたのです。
大人たちが人見知りだと思っていたのも、園児たちの突発的な大きな音や声に不安を感じていたからでした。
小さな子どもは自分の要求を、泣いたり駄々をこねたり様々な形で表します。
時には気付きづらい表現で表すこともあるでしょう。
その“小さな表現”に気付き、その子のためにできることをすること。
それはその子と親にとって、これから生きていくうえでの不安を取り除く大きな役割があると実感した経験でした。
kitsuneko22著